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ガルヴィ30周年特別企画 「パートナーブランドと振り返るキャンプシーン」 〜コールマン ジャパン中里豊社長インタビューその1〜

2021.04.28

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コールマン ジャパンの歴史
1900年頃、アメリカでW.C.コールマンがマントル式ランプのレンタル会社を作り、1901年にランプの専売特許権を取得したのが「コールマン」のはじまり。日本上陸は1976年のこと。当初はアメリカ法人「日本コールマンInc.」として創業したが、1984年に日本法人「日本コールマン」、そして1992年「コールマン ジャパン」となっている。

中里 豊社長
商社、外資系化粧品メーカーを経て、2015年よりコールマン ジャパン4代目社長に就任。製品づくりとともに、キャンプの魅力発信に尽力している。

日本の自然を楽しむ、日本のキャンパーのための製品を

コールマンレッドを基調とした120周年記念モデル。

120周年を迎えた本年、「The Red」をテーマとする記念製品を発表してファンを沸かせているコールマン。コールマンの代名詞でもあり時を経て愛され続けている200Aを思わせるコールマンレッド、そしてロゴに添えられているランタンマークを知らないキャンパーはいないだろう。

日本に上陸したのは45年前のことだがコールマン ジャパンという社名になったのは本邦初のオートキャンプ情報誌として1991年に創刊した『ガルヴィ』とほぼ同時期のこと。ガルヴィの歴史を最初から眺めてきたコールマン ジャパン・中里豊社長に30年間の日本のキャンプシーンを振り返ってもらった。

タフシリーズの原型となったスタンダードドーム。

「コールマンはアメリカで創業した会社です。90年代以前は、アメリカで売れたモノの中から、日本で売れそうなアイテムをセレクトして販売していた時代。マーケティングなんて考えはなく、商人だったんでしょう。

そんな環境の中で生まれたのがスタンダードドーム。現在のタフシリーズの原型となったテントがこれです」

ガルヴィのバックナンバーを確認すると、当時のコールマン製テントはフライシートが地面まで届かないハーフフライがチラホラ。火器は素晴らしいけれど、雨が多い日本ではコールマンのテントは不安と評されていた。

ところが1993年にフルフライで簡単に組み立てられるスタンダードドームが誕生、翌年には全高200cmのスクリーンタープ+テントが話題となり評価はガラリと変わっていった。

この外国人男性が手を広げる広告は衝撃で、店頭での相談は“コールマンのようにテントの中で立てますか?”となり、背が高く、居住性の高いことがテント選びの条件とする人が増えたのだから。

「90年代にはいり、日本市場に向けた製品開発を行い、さらに日本のキャンパーのための道具作りができたのは2000年代から。それがマスターシリーズです」

90年代はじめにあれほど賑わせたオートキャンプブームが落ち着き、コールマンほか多くのキャンプメーカーの売上が急落した。そんな厳しい時代にも関わらず、素材にこだわったぜいたくなテントは、ブームが過ぎてもなおキャンプを楽しむコアなファンの心に刺さった。

編集部には「通気性のいいコットンインナーは最高。湿気の多い季節で頼りになる」という読者からのはがきが何通も届いたものだ。

極めつけは登山家の野口健氏がヒマラヤ遠征にブリーズドームを持っていき、ベーステントとしたこと。この逸話で山岳用に比べると風に弱いとされるファミリーキャンプ用テントと言えど、最高の素材で丁寧に作られたマスターシリーズは過酷な環境にも耐えうる製品だと証明された。

2006年のガルヴィ6月号特別付録によると、火床が立ち上がって筒状になり炭熾し器になるという意欲的なBBQグリルが登場。チャコールブリケットではなく、木炭を使う日本のBBQシーンを意識した製品だ。

「革新的な製品開発ができるようになったのは2000年代からと言えるでしょう」

インタビューその2へ続く

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