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ガルヴィ30周年特別企画「パートナーブランドと振り返るキャンプシーン」〜キャプテンスタッグ高波文雄社長インタビューその1〜

2021.05.14

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キャプテンスタッグの歴史

1967年、高波文雄さん、久雄さん兄弟が地元新潟で「パール金属」を設立。1975年にアメリカで見たバーベキューに衝撃を受け、バーベキューコンロ開発に取り組み翌年発売。これがキャプテンスタッグブランドのはじまり。当初はパール金属の一部門にすぎなかったが、2012年に株式会社として「キャプテンスタッグ」が独立した。

高波文雄社長
地元の金物商品を販売するために兄弟で起業。3層鋼キャンピングクッカーなど、職人の技術を生かした製品開発を推進している。

「バーベキュー文化を広めたい」という思いからはじまった事業

キャンパーからいつしか“鹿番長”と呼ばれ、愛されているのが新潟・三条市に本拠地を置く「キャプテンスタッグ」だ。

キャプテンスタッグの取り扱い品目はテントからクッカー、ガス製品、カヌー&SUP、自転車に至るまで幅広くその数は4000点以上におよぶという。

ここまで幅広く製品を扱えるのは、新潟県内は自然林が豊富で林業、木工が盛ん。そのうえ燕三条エリアは腕の立つ金属加工工場が林立しており「ここで作れないものはありません」と高波社長は胸を張る土地柄、そしてモノづくりを続けてきた上で得た海外工場との太いパイプがあるからこそ。

キャプテンスタッグの歴史を紐解くと、製品第一号となったのは日本初のバーベキューコンロ。

1970年代初頭、高波社長がアメリカで見た、裏庭ででっかいバーベキューコンロで肉を焼いて楽しむ家族の姿に衝撃を受け、日本でもバーベキュー文化を広めたいと考えたのがキャンプ用品を扱うきっかけだという。

日本で初めてオートキャンプを紹介したと言われているのは、1926年の『キャンピングの仕方と其場所』(鉄道省運輸局編・実業之日本社発行)だが、日本オート・キャンプ協会(現在は日本オートキャンプ協会)が発足したのが1969年のこと。

高波社長がアメリカのバーベキュー文化に衝撃を受けた1970年代初頭といえば、高速道路の整備が進むもクルマはまだまだ高嶺の花で、ごく一部の人達がオートキャンプを楽しんでいたにすぎない。

「バーベキュー」という概念がない中での製品開発

「当時、外で家族と遊ぶといったら花見くらいのものでした。バーベキューという概念がない中での開発ですから、玄関マットを網にみたてて試作し、販売にこぎつけたのがジャンボバーベキューコンロA型です」

玄関マットのブラシを取り除いた網からスタートしたため、網のサイズは60×40cm。

裏庭に据え置くアメリカのバーベキューコンロとは異なり、日本の生活様式に馴染むよう持ち運びやすいトランク型だったそうで一躍評判となった。

しかし、これで満足しないのが今も変わらないキャプテンスタッグイズム。 “足りないものは作ろう”という姿勢だ。

「いざバーベキューコンロを持ってバーベキューをしようと思っても、トングもテーブルも何もかも足りない。だからバーベキューコンロまわりで使うものを開発していったわけです」

道具が充実すると、その楽しさは日本全国に広がっていく。写真は若き日の高波社長が家族とキャンプに出かけたときのもの。子どもたちの一言をヒントに商品開発したものもあるそうだ。

オートキャンプスタイルの構築

1990年に誕生した保冷材、クールタイム コールドパックシリーズは、冷蔵庫のないアウトドアでも食材と飲み物をいつまでも冷やし続けると大ヒットした。

クールタイム コールドパックシリーズは現在も発売されている超ロングセラーで、総販売数はなんと5000万個! 30年間の販売数とはいえ、日本の人口(1億2630万人)と比較するとその売れ行きの凄さがわかるだろう。

RV車にテントとバーベキューコンロ、クールタイム コールドパックで冷やした飲み物を積み込んで河原に出かける人が増えている……時代の空気を感じ、発進したのが1991年創刊の本誌、ガルヴィだ。

オートキャンプの専門誌なんてものが成立するのか? 多くの人々が疑問をもち、少し遠巻きにしていた頃からキャプテンスタッグは通信販売、アイデアコンテスト協賛など積極的に本誌に協力してくれている。

“足りないものは作る”が原動力のキャプテンスタッグだから、手探りでオートキャンプ情報を発信するガルヴィにおもしろみを感じたのだろう。

インタビューその2へ続く

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